何度も観る楽しみを教えてもらった「血の婚礼」

ネタバレを含む内容なのでご注意ください。

10/2に東京での上演が終わった「血の婚礼」。
観劇は年に数回程度だった私がこの作品にはどうしようもなくハマってしまったのはなぜなんだろう…とあれこれ考えたことをつらつらと書いているだけです。


■そもそもは2回しか観るつもりがなかったのに…
9/17と10/2のチケットを取り、岩波文庫の翻訳本で予習したのですが、何度読み返してもよく分からない。第三幕の「月」の台詞などさっぱり分からない。そんな状態で9/17に観たところ、「あれ…?脳では理解できないけれど、胸に滲みるよ。なにこれ、すごい」と驚く。すごく気持ちいい。
それで、急遽、9/19も行くことに。そのときの感想がこれ↓ 

sacco-tuna.hatenablog.jp

物語と観客の距離を縮めるような演出やセット。
残りの命の長さを表すように短く降る砂。
「家」や面子、凝り固まった価値観を連想する衣装のハーネスや色。
息が詰まりそうなほど壁に囲まれて狭い家。
地上で生きる人間たちとは全く異なる感性を持ちながらも魅力的な月や死神。
転がされる生命。
壁が取り払われてもなおそこにある心理的な壁。
言語で理解できなかったことを視覚、いや、視覚だけではないな、音楽も素晴らしいから聴覚も、そういった感覚が補っていって、滲み込んでいくように、時には飲み込まれるように分かりました。そして、もっともっと分かりたい!という欲求が出てきてしまったわけです。
これが、9/17に観て、9/19も!となった理由。
(少し脱線するけど、あの家のセット。最初に観た日は4列目だったのもあって、着席してしばらく閉所恐怖症の発作が出そうで危なかったほど圧迫感がありました…)

特に「月」は……うまく言えないけど、暴力的なくらいの魅力で気持ちをかっさらっていって、なんだかわかんないけどとにかく「分かりました!!」ってひれ伏したくなるんですよね。その訳分からなさが「この人(人じゃなくて月だけど)は私とは全く違う価値観で生きていて、人の死を快へと結び付けられるんだ…」と強引に納得させるほどの強さになるのかな。そして、あの声の抑揚がたまらない、酩酊したようにぼーっとする。
おそらく普通にきれいな姿で出てこられてもこれほどまでに気持ちは持っていかれなかったと思います。あの姿であんなふうに登場されたら、ぶん殴られるほどの衝撃をくらって…。ずーっと視線が勝手に追い続けて、ぶっちゃけると、あの手袋をつけた手で引っ叩かれたい、あのブーツで踏まれたい!!

■不安定という意味ではない振れ幅
3回目が9/24のソワレ。これは完全にアフタートークイベント目当てで取ったのですが…
少し後ろの席で全体をじっくり観ることができたこともあってなのか、レオナルドの感情の振れ幅が公演によって違うのでは?と気づいてしまい、更に観たくなってしまったのです。
私自身のそのときの心理状態を多分に投影してしまっているので「そんなの違う!」と思われる方がいることを百も承知で書くと、

9/17 ソワレ 対妻:イライラ強め
9/19 マチネ 対妻:イライラ強め
9/24 ソワレ 対妻:以前よりもちょっとだけ柔らかめ 
       対花嫁:切なさ成分多め
10/1 ソワレ 対妻:苛烈…冷たい…こわいってば…
       対花嫁:切なさ成分強めで愛が溢れてる…
10/2 マチネ 対妻:適度に苛烈       
       対花嫁:切なさ成分多め

頭で考えると10/2がすごく良かったと思うけれど、自分があの中にいてレオナルドと対峙するのであれば10/1の苛烈なレオナルドに当たり散らされて冷たくされたい。妻に冷たく当たり散らした反動なのか、花嫁に対する愛がこれでもかと溢れていた気がします。ほんとに「気がする」だけですけど。
すごいなと思うのは、どのレオナルドも全く浮かないと言えばいいのか、違和感がないんですよね。悪い意味で演技が安定していないのではなく、いい意味で安定させていないのかな、と。多分、1回しか観なかったらそのときのレオナルドがその観客にとってのレオナルドであって、それに対して不満を感じることはないんだろうな。そして、何回も観ると、質は担保されながら微妙にタイプの違うレオナルドに出会えて、どのレオナルドも好きだけどあの日がいちばん好き!という喜びもある。
これまでも2回観た演劇がいくつかありますが、これほどまで違いを感じたことがありませんでした。何回も観る面白さに気づかせてくれてありがとう、レオナルド。
ちなみに、花嫁は9/24のソワレが迫力がすごくて好きです。

そういえば、アフタートークの中であった「原作には決闘シーンがなく、今回の台本にも当初はなかった。後で付け加えた」という話が非常に意外でした。木村さんが体を止めたり、振り抜いたり、相手を受け止めたりする動きが溜息が出るほど美しい!と思って観ていたので、決闘シーンがなかったらいちごが載ってないショートケーキみたいだなと思いながら聞いてました。

 

■最初のシーンから泣いてしまう
非常に個人的な感想になりますが。
心の引き出しの中から自身が経験したことがある感情を素手で掴まれてずるりと引き出されるような作品が好きで、「血の婚礼」の第一幕の母親と花婿の場面はまさにそういう衝撃がありました。
息子は母親を見つめているのに、母親は過去や心の内側ばかりを見つめていて、視線に気づくことがない。息子が声を荒らげても、母親の「ごめんね」には息子が求めている感情はこもっていない。
私の両親も「今、目の前にいる生身の私」に関心を持てず、憤りに囚われて生きている人たちなので、花婿の気持ちが分かります。母親が理性を失ったかのように怒りの方向へ転がっていく姿なんて私も何度も見てきたし、叫ぶ寸前の花婿の表情は私が何度もしてきた表情。私に叫ぶ勇気はなかったけれど。
だから、ステージに上がった母親と花婿がすれ違う瞬間にもう涙がだーっと出てしまって、まだ台詞もなにもないうちに既に泣いている私。

花婿は結婚式を終えた花嫁からも見つめてもらえなくなるわけですが、この話に出てくる人々はきちんと愛されていない人ばかりで、これが当時のスペインでは当たり前だったのか、そういうところも含めての悲劇なのか…。花嫁の父は花嫁に亡き妻を重ね、その亡き妻は夫を愛しておらず、レオナルドは妻を愛してはいないし、妻の母親も夫に愛されていなかった。なんだか虚しいなぁ…。
その一方で、花嫁と女中が喋るシーンや、母親と村の女が喋るシーンは真情を吐露していてほっとします。属性を全部無視するなら、このペアがくっつくのが安泰ではないかと思えるほど。
花嫁と女中と言えば、第一幕の最後の暗転直前で、花嫁が窓の前にいて顔を横へ向け、女中がその横の壁の前に立っている瞬間のシルエットが表情はほぼ見えないけれど絵的に美しくて好きです。女中がすっと窓の枠から離れて壁の前へ移動する感じが、女中として支えてきた月日の長さを思わせて、ふたりの遠慮のない会話も含めて、いいなぁと思います。

■劣等感との決闘…?
レオナルドと花婿は決闘の末にふたりとも命を落としますが、互いを人として嫌悪し憎んで殺した、という気があまりしないのは私だけでしょうか。
レオナルドは裕福な花婿が花嫁を手に入れ、自身は貧困が原因で花嫁を手に入れられなかったと思い込んでいる。母親から歪んだ愛情を向けられてきた花婿は自分だけを見つめてくれる花嫁を手に入れたはずだったのにそれさえも奪われてしまった。ふたりとも表面的には相手の命を奪う覚悟で決闘しているけれど、根底には劣等感があって、それに打ち勝ちたかったのではないか、と。原作に決闘のシーンがないのはそういう理由なのかな…と思ったりもしたのですが、私はあの決闘シーンを観てそんな解釈に至ったわけで(なかったら、大して考えなかったかも。「あ、刺し違えて死んだんだ」で終わってたかも)、やっぱりあのシーン、大好きです。

レオナルドが結婚式の朝に花嫁のところへ来るシーン、貧困について話す部分も含めて台詞が全部痛々しくて、泣き崩れそうになる……。妻に対する態度とのギャップが激しくて、あんなに冷たい人の本質は、こんなに深い悲しみに打ちひしがれながら、もう何もないかもしれないところに手を伸ばして、自分を壊してしまいそうなほど愛に雁字搦めにされていたんだ…と思うと、なんかもうほんとに、わぁぁぁぁぁぁって泣きたいほど切ない。
と同時に、これほど切ない気持ちにさせてくれる素敵なお芝居をありがとうございます、とも思います。だって、日常でこんな気持ちになることはないですから。

■意外と。
物語とは異なる部分ですが。
「オールドファッションカップケーキ」で達成さんを知ったという新参者なので、生で姿を観たら「きゃー!かっこいい!」って思うんだろうなと思ってたけど、思わなかった。レオナルドとしての美はすごく感じるんだけど、そこには「レオナルド」としてしかいないでしょ?当たり前だけど。アフタートークのときにやっと「達成さんだ!」と思ったけれど。
でも、思い返すとoldfccの外川も「この役者さん、長回しでもふつーに演技できちゃう人なんだな、すごいな」「台詞を喋ってないときでも表情の変化が繊細で自然だ」「動きや起伏が激しい長回しもできるのかー!」と、ルックスではないところでハマっていったので、まぁ、そういうものかもしれないです。
カーテンコールでレオナルドのままなのも好きだなぁ。あれほどの悲劇を観た直後に笑顔を見せられても困るっていうか、あの重苦しいものをそのまま持って帰りたいから、レオナルドのままでいてくれてありがとう、って思います。東京千秋楽の日も表情が少し柔らかくなったかな?程度でしたよね(この日、席が後ろのほうだったんではっきりとは見えてないんだけど)。


随分長々と書いてしまったよ。4000字超えてるわ。
さて、明日は10月16日。
千穐楽、観に行ってきます。
東京から大阪、日帰りです。